パリカールの耳
日記にチャレンジ
カタカタぶるぶる
最後の練習を終わって
後は当日のリハだけだなーとか考えて
出番のことを
リアルに想像したら
本当にカタカタ震えてきたので
自分の小ささに
さらに震撼するのであります
いやもう
やるったらやるしかないすけど
練習終わって雑談のとき
そんなこと言いそうにないひとりが
ぼそっと
マスターの顔に泥を塗るわけにはいかん
みたいなこと言ったのよー
うわー
随分クラシックな言い回し
まあねえ
言い方が新しかろうが古かろうが
実際の状況は
そういうものなんだけども
マスターの名前で踊るということだから
でも
私の心持ちをことばで表すと
ちょっと違うな
とね思ったかもしれない
そういう支えもあるってことだけどね
厳密にいえば
誰かのために踊るなんてことは
ないから
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雑談
ラテン音楽好きの隅っこにぶら下がっている
全くラテンの素養のない人の
もしかしたら
大嘘かもしれない
つぶやき
ダンスミュージックって
普通は演奏と歌がジャスト
ディスコとかね
そうじゃないと
どっちに合わせて踊っていいか分からなくて
気持ち良くないと思う
ちなみに
私にとってなじみのあるラテン音楽は
踊りがつかないときも
演奏と歌がジャスト
ただこぶしを回してるだけみたいなところも
歌に確固たるリズムがある
それに合わせて演奏をつけるので
ジャスト
限られた一部の音楽しか知らない
だから推測している
ラテン音楽って
リズムがタイトなんだって
強弱がとても豊かで
ジャンルによって色々で
ためがあるように聴こえたりしても
気のせいなのではないかと
実は
すごく正確なリズム
まのびしない
裏はストライクゾーン超せまで
できる限り前
当たり前に裏が主で表を回す
んーそんで
アフロもそこは同じだと思うんだな
そういう音楽が
好きなだけかもしれないけど
正確なリズムって
共通言語かなーって思う
世界の裏側の人と今から合奏する時
正確さだけが手掛かり
なのではないか
正確さって
身体的原始的であるとも言えないか
なまりは文化なんじゃないか
そういうことを
つらつらと考えたり
裏のりに関しては
もうね、訓練
日本語って非裏のりなことば
だと勝手に思っていて
日本語を日常的に使っていると
裏のりな人にはならないんじゃないかな
それ自体は悪いことじゃない
でも
そういう音楽なので
仕方ない
訓練だ
としみじみ思っているところよ
以上
偏見を含んだ
基本のラテン音楽イメージ映像
嘘かも
本当いうとラテンって何だっていう
大枠のことばだし
音楽なんて
その人なりのためみたいなのが
あるだろうな
とか最近は思っているけど
実行の段階で
その境地には至ってないので
未風邪
風邪は
水際というか
瀬戸際でくいとめた風
本日前半は
もやもや具合悪かった
何とかなった
気合い
マスターが
駄目だししません
何なんでしょうか
自力で何とかしろってことか
すぐにはどうにもならんだろうってことか
そうなのか
そうかもしれん
少なくともカスタネットは
どうにもならない
毎回だけど
集中して音楽を聴いた後って
耳が働いてて
音が良く聴こえる
しかもよい音楽だと
リズム感もよくなる
実感として
しかしなー
一所懸命聴いていると
見られない
そんなに器用ではないのだ
残念だけど
演奏を楽しむのに
曲の好き好きは
あまり関係ないかもしれない
良い演奏が
いい
本当に気持ちいい
あとは餃子屋だ
お気に入りの
カレー屋とラーメン屋と蕎麦屋がある
あるなあと考えていて
共通点を思いついた
どの店も狭い
若い店主がひとりでつくっていて
おいしい
カレー屋は
夏場修行に出ていて食べられなかったので
スパイスたっぷりのを
食べてきた
汗が噴き出てきて
冷たい風が気持ち良かったりする
「大きな音が聞こえるか」坂木司
青春小説
少年は成長するのが見せどころ
ベタかもしれないが
それの何が悪いんでしょうか
という気持ちになる
実は一筋どーなのかなー
と思ったけど
すごく面白かった
音が足りない
寒い
衣替えもしてないし
暖房も入れてないので
冷える
仕方ないので
カスタネットを
パタパタいわせて
血流を良くして暑がってみてるとこ
人さし指の音が
足りんなー
カスタネットは
ミュートするため
靴下を何枚かはかせてる
だから
お稽古場で靴下とって練習した時は
へったな音が大きくて
びっくりする
本番の時は
音が全然ならねー
ってびっくりする
速くなると手が追いつかないし
広い場所とかでは
へたな音はあまり聴こえない
うまい人の音は
聴こえる
正座
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