パリカールの耳
日記にチャレンジ
しまらぬ
さようならの季節でもあり
記念写真のなかの皆の笑顔がいいのが
なかなか何とも言えない
しかし写真撮ると
自分の顔にもう少しでいいので
しまりのようなものが欲しいのだった
この春最初のバラが
蕾んでずーっとつぼんだままでいる
結構な粘り腰
咲くのを楽しみに待っている
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お稽古日記春
花散らしの雨の後
空が青い
遠くがきれいに見える空気
春と秋は夏と冬より
服飾に対する購買意欲がわくね
わいちゃったよね
お稽古日記
足音で1.5拍づつの装飾音符付きスキップの後
の1拍3打
ずれる
でも10年ぶりにさらうならば
解剖するかごときの分析しなけりゃ
やる意味がない
というか面倒くさがらずに細かくみちみちやれば
できると思うのよねー
こんな時よく思う
まず100回やってから
やる前にできないとか言うのって無駄だ
愛すべきぼやきはそれとして
とりあえずさわりでも練習をするか
すっぱりやらずに下手なままを選ぶのも道だけど
10回を10日やるだけでもできる量だし
それだけでも練習を続ける意味が
自分にとってあるかないか判断できると思うんだよね
何も考えずにって
馬鹿のようだけど
考えないまま100回やった時の感じというのは
馬鹿にできないと思う
考えるってことばに置き換えることで
相対化とか客観的みたいな
距離をおくという作用があって
それはそれで大事だけど
音楽とか踊りとか絵とか写真とかそのほか様々なものは
ことばを介さない部分があることが
すごくいいところだし
わかってないのに無理やりことばにすると
間違うことがあるよねたぶん
合奏したい
すてきな合奏ができるということは
心が通じ合っている
みたいなのは案外メルへンだと思っている
むしろ通じてない
互いに分かり合わないなりに息が合う
というのが現実のような気がする
よくわからないけども
全然いいのそういうことは
耳をそばだてて
素直に
ただ合奏したい
煮詰まってる
本来の意味で
連続テレビ小説を
見なくてはならない気持ちになってきた
KINGのハモニカいいな
ネバエンディングギョウザにきらりとレゲエ感かな
才能が湯水のようにあふれ面白い
ラーメン版もはじまりはよかった
バージョーアップキャラバン
出会いたいは
浜崎さんとKINGのファンキーさが際立つ楽しさ
ソロまわし
民生のドラムの
リズムキープとドラムで歌おう感の両立を
応援している
相変わらずコーラスがよくて
舞台勘の良さがダブついてる
嘘
バラがわっさわっさ繁っている
おそらくどこかの時点で
風通しについて考えなければならない
ような
うむ
嘘はまあ面倒だよね
なるべくなら面倒は避けたい
でもそこそこ場に合わせたり
自分に都合がいいつじつま合わせはしてるはず
きっと流れるように嘘ついてる
自覚するほど真面目に考えてないのかな
踊りの時は
自覚的でもあまり嘘はいいたくない
賛同できないときは黙る
言ってることと踊ってることが乖離すると
自分が苦しいから
だから嘘つき始めると自分を騙すってことに
なりがちなんじゃないかな
そしてだんだん
奥歯にものが挟まったような踊りなっていく
気がしていやなんだよねえ
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